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2016-05-20

福岡の風

こんにちは、福岡市中央区大手門の整体&気学サロン「OFFTOOON(オフトン)」の享佑(きょうすけ)です。
昨日帰る予定でしたが、1日延びて、先ほど福岡に帰ってまいりました。
久しぶりにゆっくりとPCに向き合う時間。
溜まっていたメールの処理をし、コーヒーを飲んで、いざブログを!

今回の出張中に父が危篤になりました。
用事を途中で抜け出し、3時間後に飛ぶ飛行機を慌ててキャンセルし、母と兄とお義姉さん、弟と五人で駆けつけました。
弟は東京から、兄は静岡から。
実は兄弟三人が揃って会うのは数年ぶり。

病院につき、酸素を吸入されている父と向き合いました。
なんとかまだ意識もあるようでしたが、僕らの声にうなづくことしかできませんでした。
何か話そうとしているようでしたが、声になりませんでした。

うちの家庭はちょっと、いや、随分複雑です。
ここでは説明しませんが、父は30年以上前から、ずっと一人でした。
だから、僕はほとんど父の記憶がありません。

父に再会したのは、27歳のとき。
正直、父親という実感はあまりもてませんでした。
それは、昨日病院に着くまで変わりませんでした。

母と兄は、父のことをあまり好きではない。
子供の頃から、ずっとそれは感じていましたし、二人の話を聞けば致し方ないと思っていました。
だから、父の危篤に二人が駆けつけたのには少し驚きました。

病室に入って、真っ先に父に声をかけたのは兄でした。
それにもまた驚かされました。

1時間くらい病室にいたでしょうか?
なんとか持ち直したようで、すぐに逝くというわけではなさそうだ、ということで帰ることにしました。
父の体を起こして、母が声をかけました。

「覚えてますか?」

母の問いかけに、父は笑顔をみせました。
それまで、僕らが声をかけても、決して見せなかった顔でした。

この瞬間、父は救われたのだ、と思いました。
と、同時に、母も兄も救われたのだと思いました。
僕も弟も、そして、おそらくお義姉さんも救われたのだと思います。

山川草木悉皆成仏

全ての生命は、仏性をもっている。
どんな生命もかならず救われる。

この言葉の意味が、少しだけ分かった気がしました。
父は母を、母は父を。
互いが互いを救ったのだ、と。
そこにいたのは、父と母でありながら、お互いにとって、仏と仏だった。

死んだ人を「ホトケ」と呼びます。
でも、人は生きながら仏なのだと思う。

こんな小さな命に、こんなにも心を救ってくれるような清々しい輝きが詰まっている。
僕は昨日、確かに仏に出会った。

帰り際、迷ったけど、福岡に帰る決意をしました。
父は明日亡くなるかもしれません。
でも、そのときはそのとき。

父の病室を出るとき、南無阿弥陀仏とつぶやいた。
勝手に口が動いた。
多分、僕という小さな人間ではなく、僕の中に、僕を生きている命が動かしたのだと思う。

そして、この命を今生きることの重要性に気づきました。
だから、病室を出て、弟と母に

「明日、福岡に帰るよ」

と伝えました。
父の姿を見て、「生きる」ということに、少し気付かされたのだと思う。
命がつきるときまで、この命を精一杯生きよう。
昨日、お断りしてしまったお客様、申し訳ありませんでした。
今日から、また元気に営業しております。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

福岡について、無性にウエストのうどんが食べたくなった。
もう、身も心も福岡の人間なんだなぁ。
うどんを食べ終えて、ウエストから店までの道のり、風が爽やかで気持ちが良かった。

「紀野先生の本に書いてあった『大悲、風のごとく』とは、きっとこういうことだ。」

そう思いながら歩くと、なぜか足取りが軽くなったのが不思議。

さて、今日もご予約お待ちしておりますよ〜。
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