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2017-02-04

善人なおもて往生す。いわんや悪人をば。

おはようございます、福岡市中央区大手門の整体&気学サロン「OFFTOOON(オフトン)」の享佑(きょうすけ)です。
今日は立春。
いよいよ丁酉一白水星の年ですね。

昨日は節分ということで。
恵方巻きならぬ、恵方飲みをしてきました。
もちろん、開運にはなりません。
昨日のブログで「恵方巻きなんて食べね〜」とか言ってたのに、出されたら食べてしまう。笑
優柔不断なダメ人間です。

ダメ人間なんだよなぁ、本当。
ブログで偉そうなことを書いてるけど、ダメ人間です。
毎日、「あぁぁぁ」とか思ってます。
でも、そんな自分を嫌いにはなりません。

昨日は飲みながら、知人の話で泣かされてしまった。
その方も、毎日自己嫌悪してるって。
理想と違う自分にうんざりするって。
この方は救われるなぁ、間違いなく。

「善人なおもて往生す。いわんや悪人をば」

って親鸞は言った。
善人でさえ極楽にいけるのであれば、悪人が極楽に行けないわけないじゃないか、と。
僕はね、この言葉が大好きなんです。

立派な行いをしてる人でさえ、極楽にいけるのだとすれば。
「自分はなんてダメなんだ」と日々苦しみ悩み抜いている人が極楽に行けないわけがない。
だって、毎日その人は自分の醜さと向き合ってるんだから。

自分のダメさと向き合える人って、なかなかいないですよ。
僕もですが、他人のせいにしたがる。
あいつがどうこう、とか、あのときどうこう、とか。
そうじゃなくて、自分がどうしたか?だろう。

熊谷直実という博多の武士がいるんです。
「人間五十年〜化天のうちをくらぶれば〜」の「敦盛」で有名な平敦盛を討った武士です。
鵯越の一の谷の戦いにも参加した人です。

この人は親鸞じゃなく、法然に師事したんですけど。
で、蓮生法師と名乗る。
蓮の花は泥の中に根ざして、美しい花を咲かす。
血みどろの戦いという泥の中から、仏性という花を咲かす。
ぴったりの名前だ。

この人が、法然に会いに行ったときに、

「罪の軽重をいわず、ただ念仏だに申せば往生するなり、別の様なし」

と言われた。
親族間の争いをくぐり抜け、源平の合戦でも殺人を繰り返した直実に、法然は

「罪の重さは関係無い。ただ『南無阿弥陀仏』とさえ言えば、往生できる、他に方法なんてないよ」

と言ったわけですが。
こんなことを咄嗟に言える法然も大したもんだけど、直実もすごい。
すぐに頭を丸めて坊主になった。

人間は罪深い生き物だと思う。
それは、「生きる」と「殺す」が同居している人生を送る以上、仕方ない。
人間は必ず誰かの死を前提にして生きているのだから。

殺人を犯した人は少ないけど、「殺すぞ!」と言ったことのある人は多いと思う。
言ったことのある人より、思ったことのある人の方が多いと思う。
仏教では、どれもダメだ。
思うことが、最も罪深い。
そのくらい、仏教は「心の動き」に敏感だ。

だからこそ、実際に殺人を起こしてしまった直実も阿弥陀仏を呼びさえすれば救われる。
だって、阿弥陀仏を呼ぶというのは、反省している証拠じゃないか、と。
その心の動きが大事だろ、ってこと。

そうだな〜、と思いますよ。
だって、人を殺しても平気な人っているじゃないですか。
いや、物理的には殺していなくても、他人の可能性を奪い取る人って多いですよ。
男性の管理職なんかは、特にそういう人多いんじゃ無いですか?
部下の可能性の芽を摘み取る人。

そういう人、罪の意識を持っていないことが多い。
自分は間違っていない、という顔をしてる。
でも、殺してるんですよ、可能性を。
未来の可能性の芽を摘むっていうのは、その人の人生の芽も摘む。
困るのは、その事実に対して目を向ける人がいないこと。

万引きしたら、捕まって反省するじゃないか。
それに対して、横領してもばれなくて、ほくそ笑んでいる人だっている。
そんなパッと見て悪いことをしてない、善人でも往生出来るなら、罪を自覚している人の方が徳は高いね。
だから、「いわんや悪人をば」なんです。

いっぱいぶつかって、いっぱい反省すればいい。
いわんや悪人をば、だ。
立派な人間である必要はない。
だけども、いつも反省して、いつも学ぶ人間でありたい。

ぶつかるって大事です。
ぶつかったら、痛いな、ここまでやっちゃダメなんだ、と分かる。
やり過ぎてお母さんに怒られる。
これも大事なことですね。
安全ってこういうことですね。
危険地帯に入る前に、これ以上はまずいって知ること。

ところが、鈍感な人もいるんですよ。
肩コリも全然感じない人もいる。
これ、全然誇らしいことではないですから。
身体が鈍感になってる。

心も鈍感になってる人もいる。
これはもっと辛いね。
心の機微が分からないというのは、辛いものです。
本人が一番寂しいもん、間違いなく。
そして、心の鈍感と体の鈍感は、ほとんど同時に起きていることが多いように思います。

そういう方は、まずは色々触れてみることから始めたい。
良い悪いをジャッジする前に、触れてみて「どう感じるか?」を味わって欲しい。
どんな出来事も温度がありますから。
その温度を感じてみたい。

まずは、家族に触れてみたい。
パートナーの、子供の、親の手を握ることから始めたい。
凍った心を解きほぐすような温度を知ることが出来ると思う。

僕はね、家族さえあれば安泰だ、とさえ思ってる。
お金なんて、いつでも稼げるよ。
勉強なんて、いつでも出来るよ。
でも、家族は失ったら終わるよ。

家族は一白水星で見る。
一白水星は北で背骨だ。
人生の背骨は、家族にある。
辛い時に背中をさすってくれるのは、家族しかいませんよ。

一白水星はスタートだ。
だから、家族を愛するところから全ては始まる。
全部、家族からなんですよね。

だから、家族間でぶつかるっていうのも大事なこと。
ぶつかっても許してもらえるのは家族だけですよ。
そこで、心と心とぶつける練習をしたらいい。
家族にさえ、心を触れ合わすことが出来なくて、社会で心を触れ合わせることなんて出来るわけない。

昨日、育成会の会合があったんですよ。
役員が決まらなくてねぇ。。。
まぁ、毎年のことなんですけど。

で、委任状を提出くださった方に、役員を引き受けてもらえないか電話したんですね。
やっていただけませんか?って。

「いきなり電話かけてきて、何をやるかも分からないのに、引き受けてくれと言われても困る」
「パソコンが無いから、事務作業はできません」
「車がないから、行事の手伝いはできません」

そっか。
別に「やりたくない」のは良いんですよ。
だけど、委任状出したのに内容が分からないってどういうこと?
だったら、委任状出すのはおかしいんじゃないかな?

そして、「◯◯だからできません」じゃないんですよね。
出来ないのは仕方ない。
だけどもね、全児童が自動入会の育成会で、一人が「出来ません」を通したら、誰かがやるんだよね。
で、今まで何の役もやってないから役が回ってきたわけでね。
一言で「できません」って言い放つ言い方に、周囲への気遣いの無さに唖然とした。
心を触れ合わせることの出来ない人が増えてきたんだな。

僕は育成会が素晴らしいなんて思っていない。
僕だって、役員は出来ればやりたくない。
でも、自動入会で子供が公共サービスを受けている以上、育成会費の支払い(うちの町区では自治会費から補助が出てて、実質負担0)と多少の奉仕は当然の義務としてあると考えている。
これを強制する気はないけど。

とにかく、社会的に心を触れ合わせることが出来ない人もいるんだなぁ、というのが悲しかった。
この方は、家族にはどうやって触れ合ってるんだろう?
一言「いつもお世話になってるのにお手伝い出来ずに申し訳ない」ってのがあれば全然受け取り方は変わるのにね。
そういう心の触れ合い方を出来なかった人なのかもしれない。
寂しいな。

とにかく、家族と心を触れ合わせるところから全ては始まる。
その先に社会があるわけで。
まずは家族と丁寧に触れ合うことからじゃないかな。

今年は一白水星の年。
家族との触れ合いを大切にしたい。
喧嘩してもいい。
大声出してもいい。
ぶつかるのもまた、愛なんだから。

さて、今日もご予約お待ちしておりますよ〜。

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写真は昨日食べた恵方巻き。
開運云々はどうでもいいけど、美味しかった〜。
割とリクエストには応えるタイプ。

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