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2015-07-21

万物一体の仁

おはようございます、福岡市大手門の整体&気学サロン「OFFTOOON」の享佑です。
昨日の夕方、無事福岡に帰ってまいりました。
すぐにお客様もみえて、タイトなスケジュールながら充実した1日でした。

ジャネの法則という心理学の法則があります。
「生涯のある時期における心理的長さは年齢の逆数に比例する」
というもの。
要するに、6歳の子の1年は人生の1/6として記憶され、60歳の1年は人生の1/60と捉えられる、ということですね。
これは、驚きや感動の体験の数が年齢が小さい方が多いから、という理由らしい。
そういえば、最近1年はあっという間です。

でも、ここ数ヶ月は店をオープンさせる準備とか。
そういった新鮮な体験が多かったからか、一週間がとっても長いから不思議。
お花をたくさん頂いたり、鳥を飼ったり。
そういう生命の生死を近くに感じているのも、きっとたくさんの感動を与えてくれているのだろうな、と思います。

さて、陽明学において「致良知」と同じくらい大事なのが「万物一体の仁」だと思います。
まさに井戸に落ちようとする子供を、鳴きわめく鳥、枯れていく草木、壊される瓦石。
これらを見たときに、一様に「辛い」と思うのは、それらを対象として見ているのではなく、自分と一体と思える仁(=愛)が人間には「元々」備わっているのだ、と言います。

仏教でも、これは同じことが言えて。
仏教では分別智と無分別智を分けて考えています。
そして、分別智、無分別智、比較すると無分別智の方が上。

人間には慈悲がある。
「苦しみを救ってあげたい」「喜びを与えたい」。
抜苦与楽=慈悲なわけですが、人が持つ慈悲は対象を限定するから小慈悲で、仏の慈悲は無分別だから大慈悲。
王陽明の説とならべれば、人はその本能の中に仏を宿していることになる。
僕の中にも、仏や仁があることを信じたいものです。

「宇宙とは自分を含めたすべて。
環境とは自分を除くすべて。
自分とは宇宙と環境をつなぐ唯一の存在」

とフラーは言ったけど、東洋的にもこれは正しい。
気学は常に環境と自分、という二つの軸をいかに調和させるか?を捉えていく。
天才物理学者と僕のまだ見ぬ東洋思想の先生が同じことを述べているのは感動モノです。

そういえば、吉田松陰も陽明学者ですね。
花燃ゆでは、どのくらいのことが描かれているのでしょうか?
全然見てないけど。
「狂いたまへ!」は陽明以後の学者がよく使ってた言葉ですね。

とはいえ、陽明自身はとても穏やかな方だった。
「山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。」
本当にその通りだと思う。

やっぱりウチの店は居心地がいい。
昼寝がしたくなります。
そうそう、今日は地域のパトロールにいくので18:30閉店です。

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