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2015-09-23

2枚の切符があります

おはようございます、福岡市中央区大手門の整体&気学サロン「OFFTOOON」の享佑です。
さて、今日は秋分の日。
「陰陽の中なればなり」と暦便覧にあるように、1日の陰陽、すなわち昼夜の長さが等しくなる日です。

お彼岸の時期でもあるわけです。
きっと母は御墓参りにいったんでしょうね。
僕は、ブログを書きながら、先祖に感謝したいと思います。

さて、仏教では、彼岸は此岸の対義語であります。
あっち岸とこっち岸。
すなわち、悟りの世界と悩みの世界を表す言葉。

悩みの世界である此岸から、悟りの世界である彼岸に渡ることを「波羅蜜多(はらみった)」といいます。
これは「パラミッタ」というパーリ語から来るわけですが、そのまま「パラメーター」という英語になっています。
つまり彼岸というのは、悟りの世界に渡ることを願う、すなわち「悲願」であり、それを毎日お経を唱えて仏に念願する「日願」につながるわけですね。

とにかく、人は浄土すなわち幸せの世界に向かいたいと思っているわけですが。
でも、釈迦は実は幸せの世界にはすぐに行けると説いているんです。
そして、幸せの世界行きの切符は、つねに自分が持っている、と。
ただし、同時に不幸行きの切符も持っていて、どっちを使うか?は自分が決める、と。

どうしても、何か問題が起きたときに、

「なんで僕ばかり」

と思ってしまう。
この問題が、僕をさらに強くしてくれる、とはなかなか思えない。
私という人間は、たしかに宇宙という大きな生命に抱かれているのに、それを信じられない。
だから、不幸行きの切符を使ってしまうことが多いものです。

昨日も、些細なことで妻と言い合いになりました。
「丁寧に仕事をしたい」という妻と、「そんなに無理して頑張らなくていいよ」という僕。
妻は顧客に向けての愛を。
僕は妻に向けての愛を。
ともに愛がベースで動いているのに、口論になってしまう。
なんとも愚かなことだ、と今日になって思います。

不幸行きの切符を使ってしまったわけですね。
結局、すぐに作業を分担して、いい仕事が出来たわけですが、僕としては妻を思ってのこととはいえ、いらんことを言わずに解決策を一緒に探せばよかったわけです。
ほら、幸せ行きの切符はすでに僕の手の中にあったわけですね。

昨日、今日と、お義母さんが外泊でうちに来ています。
お義母さんは、いつもニコニコしてらっしゃる。
幸せ行きの切符を選ぶ習慣を持った人なのでしょう。

一生懸命な妻と、幸せ癖のついた義母。
なんて素敵な人に囲まれているのだ、と思った秋分の日。

妻作の、息子。
最初はフルチンだったけど「あんまりだ」ということで、子供が服を着せていた。w
ちなみに、あんまり似てないと思う。

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