当院では治療時に刺絡(しらく)と呼ばれる手法を用います。
刺絡とは「井穴刺絡」「皮膚刺絡」「細絡刺絡」「その他の刺絡」に分類され、全てに共通するのが「身体から特殊な鍼(三稜鍼)を用いて微量の出血をさせることにより、気血の巡りを良くする」ことを目的としいます。
刺絡の歴史は長く、我々鍼灸師のバイブルである「黄帝内経霊枢・九鍼十二原篇」に「およそ鍼を用いる者は、虚するときはこれを実し、満するときはこれを泄し、宛(鬱)陳するときはこれを除き、邪勝つときはこれを虚しくせよ」とあります。この「宛(鬱)陳」というのは、余分なものが滞ってしまっている状態を指します。現代的に言えば不要な代謝産物が身体に蓄積されている状態のことです。そうしたときは、その宛陳したものを取り除かなければなりません。とはいえ、体内の血液循環は閉鎖系と呼ばれ、通常であれば血管外に漏れ出ることはないため、血管内の宛陳を取り除くためには、あえて出血させることが必要な場合があります。古代の人は、こうした宛陳の状態を刺絡鍼法によって解消してきたわけです。それゆえに、古来より刺絡鍼法は鍼灸において非常に重要な技法の一つでした。
この刺絡鍼法は古代から近代までとりわけ急性熱性疾患において大きな治療効果を挙げ、多くの患者を救ってきました。そして、その役割は現代においても決して終わったとは言えず、例えば、抗生剤によるアレルギーを持つ方などには非常に有益な技法だと考えております。また、慢性疾患においてもその効果は見逃せないものであって、例えば、慢性疲労症候群など原因不明の身体の疲労感に対しても有効だと考えております。さらに、肉離れや骨折、捻挫などの整形外科疾患であっても、治癒後も慢性的な痛みや関節可動域の制限などが続く場合もありますが、こうした症状に対しても刺絡鍼法が大きな効果を発揮することを臨床現場で実感しております。
ところが現代において、刺絡鍼法を用いる鍼灸院は減少傾向にあるのも事実です。それは刺絡鍼法特有の歴史的背景があります。
明治維新後、「富国強兵政策」を掲げ、西洋の文化を取り入れることを是としました。そこで政府はドイツ医学を日本の医療の中心に据え、一方で伝統的な鍼灸や漢方といった東洋医学は医療界の隅に追いやられてしまいました。
鍼灸を規制する法律が次々と成立し、その中でも明治四十四年に制定された「内務省令 鍼術、灸術営業取締規則」の第7条に「 鍼術又は灸術営業者は瀉血、切開その他外科手術を行い、若しくは電気、烙鉄の類を用い又は薬品を投与し若しくは之か指示を為すことを得す」とあり、刺絡鍼法は瀉血と同一であるという認識から刺絡鍼法が行政から禁止された歴史があります。
では刺絡鍼法と瀉血は本当に同一なのでしょうか。瀉血とは西洋医学で用いられる技術で「余った血液や所謂悪い血液を静脈などから大量に放出する治療行為で血液を体外の出す事を目的に医師が行う」ものであって、メスなどで切開するという技術的なものはもちろんのこと、「少量の出血により気血の流れを促す」ことを目的におく刺絡鍼法とは思想的に全く異なるものです。しかし、そうした鍼灸師側の主張は取り入れられることなく、刺絡鍼法は鍼灸治療の中から捨て去られてしまいました。
時代は下り昭和二十二年、前述の法令が改正され、条文から「瀉血」の文字が消えました。鍼灸界が刺絡鍼法を取り戻したわけですが、それでも「刺絡=瀉血」のイメージはなかなか払拭することができませんでした。随分と時間が流れ、平成八年の国会答弁で、当時の内閣総理大臣の小泉純一郎氏により「刺絡鍼法は法律に定められた鍼の手技含まれる」との回答を得て、ようやくにして刺絡鍼法は鍼灸師が施術しても何ら問題ない技術であることが明確になりました。
ところが、失われてきた時間が長すぎた刺絡鍼法は、法律が認めたとしても、それを「できる鍼灸師がいない」という問題点にぶつかりました。それゆえに、現代において刺絡鍼法を積極的に用いる鍼灸院はごくわずかと言っても差し支えないのです。
当院では刺絡鍼法の施術の経験が豊富なスタッフが揃っております。また、鍼灸院では設置しているところが決して多くない「オートクレーブ(=高圧蒸気滅菌器)」も設置し、衛生的にも技術的にも安心して刺絡鍼法を受けていただく状況を作っております。ぜひ、古代から連綿と紡がれる刺絡鍼法の素晴らしさを体感くださいませ。
*施術内容は担当鍼灸師が患者様と相談の上、決定してまいります。ご希望の方はお気軽にご相談くださいませ。
井穴刺絡とは
井穴刺絡とは、手足の先にある「井穴」と呼ばれる経穴(=ツボ)に対して刺絡鍼法を施す技術です。身体の最も末端にある井穴から出血をさせ気血の流れを促進させることで、様々な身体の不調に対して効果を上げております。冷えがひどい場合や、逆に身体が熱を持っているときなどに用いる技術です。
皮膚刺絡
皮膚刺絡とは、経穴に限定されず、身体の様々な部位の皮膚から出血をさせる技術です。とりわけ捻挫や肉離れなどの外傷の治癒後は、患部に様々な不要代謝産物が滞留しているため、皮膚刺絡によりそれらを排出させ、気血の流れを促し、治癒後の不快感を改善していくことが可能です。
*適用されない場合もありますので、鍼灸師が患者様と相談の上で治療方針を決定していきます。ご希望の方はお気軽にご相談くださいませ。
細絡刺絡
身体に浮き上がる細絡と呼ばれる瘀血(=不要な滞った血)が存在する、西洋医学で言うところの静脈枝に対して刺絡を行います。経穴でも皮膚でもない部分を標的として施すため、このように呼ばれます。働きとしては、やはり気血の流れを促すことが目的となります。
*適用されない場合もありますので、鍼灸師が患者様と相談の上で治療方針を決定していきます。ご希望の方はお気軽にご相談くださいませ。
その他の刺絡
当院ではその他の刺絡鍼法として「刺絡抜缶」も行っております。刺絡抜缶とは刺絡鍼法と吸角(=吸い玉、カッピング)を合わせた技術で、刺絡を施した部位にカッピングを施し、患部の疏通を狙う技術です。昨今、カッピングは盛んに行われておりますが、福岡で刺絡抜缶を行う鍼灸院はかなり少数です。刺絡だけよりも疏通の働きが強いため、非常に強い疲労感がある方などに対して、体質や症状を加味した上で用いていきます。