おはようございます、福岡市中央区大手門の整体&気学サロン「OFFTOOON(オフトン)」の享佑(きょうすけ)です。
先日、息子が小学校を卒業しました。
あっという間の6年間でした。
とはいえ、最初の3年間くらいはほとんど母に任せっきりで。
4年生からはしっかりと向き合えたとはいえ、やはりまだまだ親としては至らないな、と反省しきりなわけですが。
ともあれ、何とか無事に卒業することができたのは嬉しいことです。
学力なんかは随分と低い方だとは思うけど、卒業の寄せ書きに
「いつもケンカを止めてくれてありがとう」
という内容がいくつか見られ。
心優しく育っていることが、何よりも嬉しいな、と思います。
もちろん、学力は重要だとは思っています。
特に、国語力が低いのはかなり致命的だと思っており。
中学からは、もっと一緒に本を読む時間を作ろうと思っております。
これからの時代、求められる能力はこれまでのそれとは随分と変わってくると思います。
気学でも整体でも、ですが。
ちょっとネットで調べれば、色々な情報が有ります。
だから、これまでのように、情報を握ったもん勝ちみたいなのは無くなってくるでしょう。
計算もコンピューターがやってくれます。
将棋の世界でもAIが話題になったりしましたが、高度な計算もこなしてくれる。
銀行融資の審査なんていうのも、AIの方が上手いかもしれません。
では、人間は何で食っていくか?でしょうね。
AIや機械に出来ることは任せて於けばいいでしょう。
それらが出来ないことをしたい。
例えば、何が問題か?を見抜く智恵。
表層の動きでは見抜けない本質的な問題を見抜く智恵は、やはり人間の持つ力です。
空気を読む、とか。
KYなんて言葉が一時期流行りましたが。
やはり「気」を読むというのは、人間の智恵の凄みだと思います。
そういう意味では、気学がお手伝い出来ることは、まだまだ当分無くなりそうにありません。
細かい計算を瞬時に行う能力は必要ないかもしれないけど、数字をざっくりとイメージする論理的な思考力はこれからも重要でしょう。
主観ではなく、客観的にものを見るために、数字の概念というのは変わらない価値だと思います。
そして、何よりも人間の「心」に触れていく力も重要です。
そのためには、やはり読書は欠かせない。
良書と呼ばれるものを読み続けることは、これからも大事だと思う。
「国家の品格」で著者の藤原さんは「数学力と国力は相関関係がある」というようなことを言っていた記憶がありますが。
これからは数学力の重要性は当然変わらないでしょうが、国語力と道徳力(?)というのも付け足しておきたい。
会話の裏とか、行間を読む力とか。
そういったものも重要だと思うんです。
陰と陽はセットですね。
数学なんてのは、全部を数字で表現する。
これは見える形にするという意味で「陽」の学問です。
国語は逆に「陰」の学問です。
「作者の気持ちを答えなさい」なんていう設問は陰の極みだと思います。
だって、答えなんて、作者しかしらないじゃん。
以前は、そんな曖昧な問題ばかり出る国語のテストが好きじゃなかった。
でも、今考えると大事だな、と。
相手の気持ちを、自分のこととして考えていく力ってのは、本当に重要だと思う。
陰陽はセットだ。
だから、数学と同時に国語などの学問もしっかりと学んでおきたい。
テストの点がどうこうじゃない。
全てを一定の法則で明らかにしていく数学のような陽だけでなく、答えがないようなものを探求していく陰の力もしっかりと育みたい。
そういう意味で、やはり教育というのは効率だけでは測れない。
それは大人になっても同様で。
先日、西陣織の職人さんが、弟子を募集したら
「ブラック企業だ!」
みたいな批判がたくさん来たらしい。
まぁ、一見まともな言い分ですけど。
その人達は、自分の生業を他人に無償で譲渡していく「徒弟制度」というものを考えたことがあるのかな?と思えてしまう。
ブラック企業だと批判するなら、「お金取りますけど、勉強に来て下さい」とでも言えば良いのだろうか?
西陣織の職人さんが集まって、学校でも作って、年間200万くらいとって3年くらいかけて、教えたら良いんだろうか?
技術の伝承って、そういう方法論だけじゃない。もちろん、そういう学校があっても良いんだろうけど。
僕は整体を覚えるのに、弟子入りをした。
しかも、「無償で」どころかこっちがお金を払っての弟子入りだ。
それはそれは、しんどかったですよ。
だけど、学校では教えてもらえないようなことを沢山学びましたよ。
それは、実際にお師匠さんが本気で仕事をしているところを見ないと分からないこと。
言葉では説明できないような呼吸と言うか。
そういうものもあるんですよ、技術というものには。
学校のように、一対多では教えられない物がある。
それは、きっと一対一で人間が触れ合ったときに生まれるきらめきのようなものかも知れない。
だからあまり良い言葉ではないけど、学校で整体を学ばれた方には出来ないであろう技術も習得している自負はある。
もちろん、学校で学ぶしかない技術というのもあるのは承知ですが。
そのプライドというのが、徒弟制度で学んだものにしか得られない一番の宝なのかも知れません。
現在、僕は弟子は取っていません。
うちのスタッフさんには、お給料を払って、技術を覚えてもらってます。
それはなぜか?というと、彼らが働いて利益を出してくれれば、僕の利益になるから。
だけど、弟子入りっていうのは、技術を習得したと同時に、同じ業界でのライバルにもなりうるわけなんですよ。
だから、お金を取るのは当然と思うし、無償で働くのも当然と思う。
もちろん、弊害もあるし、弟子入りじゃなくても、学び方は多様です。
だからこそ、先ほどのような批判というのには、僕は賛成出来ません。
別に、無償で丁稚奉公でも良いから学びたいという人は弟子入りすればいいし。
そう思わないなら、別の道を探せばいい。
批判して、何か良いことあるんだろうか?
暇なんだな、としか思えないんですね。
丁稚奉公でもいいし、学校でも良いし、就職してでも良いし。
その人にぴったりの方法を探せばいいだけで、それを外野がやいのやいの言う必要は全く無いですね。
自由意志による契約なら、それで良いじゃないか?と。
話がそれましたが。
僕は生まれ変わっても、また師匠の弟子になって、色々学びたいと思う。
お金を払って、奉公したことでしか学べないこともいっぱいある。
非効率の中にしか無い学びもあるんですね。
人間と人間がぶつかり合わないと生まれないスパークというのもあるんです。
その事実は見逃さないようにしたい。
効率的に進めたいことは、機械に任せればいい。
そうじゃなく、心の触れ合いが生まれるようなことを、今後は大事にしていきたい。
そのためには、国語や道徳というのを、もっと力を入れて学ばないと、今後は通用しなくなると僕は考えている。
社会は変わる。
必要な能力も変わる。
だけど、過去の偉人の多くには、心の温かみというか、人の心を捉えて離さないような人間的な魅力がある。
それを掴むことに、学校教育が意識をシフトしてくれたらいいな、と思う。
そして、僕は家庭という場で、心というものを子供とともに育んで行きたい。
中学入学前に、そんな決意をした次第。
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