2019/12/1より【オフトンはり灸院】としてリニューアルしました

スッポンとGHQの話

こんばんは。

 

 

 

 

本日は午後休をもらい、母の施設に行ってきました。

 

うちの母は数年前に別府に旅行中くも膜下出血を起こし、その後遺症諸々で家では生活ができないので、施設にいます。

 

毎日は行けませんが、半休があるときはいつも会いに行っています。

 

 

去年くらいから少しずつ言葉が出だして、最近はかなり喋れるようになってきたので質問してみました。

 

東門『今年はどんな年でしたか?』

母『大変でした』

東門『来年はどんな一年にしたいですか?』

母『もっと楽に動けるようになりたいです』

 

 

だそうです。

 

去年は『はい』『いいえ』とか、『そうね』とかしか言えなかったのに、かなりバリエーションが出てきたので、会話をすると楽しいです。

 

 

 

彼女は午年の一白水星で、感情の起伏が激しく、ヒステリーを起こすと自分自身で歯止めがきかなくなる女性でした。

基本的にネガティブで、すぐに涙を流すし、◯◯してもらえなかったということをすごく覚えていて、主張する性格でした。

 

だからと言って、自分から積極的に動くわけではありません。

 

例えば、祖父母の納骨堂の管理も彼女はしたがらず、その理由が、お墓参りなどをしない両親だったから教えてもらってないから、でした。

じゃあ、今からやればいいじゃないと思うのですが、それは頑なにやらないのです。

 

 

 

なので、放置したら可哀想だから、納骨堂の管理は孫の私がいつもさせてもらっていました。

 

 

 

 

まあ、そんな感じで常にどこかに影があり男性が放っておかない魅力的な女性だったわけですが、病気になって1つだけ変わったところがあります。

 

くも膜下出血の後の手術の後遺症で、かなり広範囲に脳挫傷と脳梗塞を起こしてしまいました。

特に前頭葉は壊死しており、意識障害があったりして、日常の生活は送れないでしょうというのが医師の見解でした。

 

しかし、母は驚異的な回復力で今の状態まで戻ってきたわけですが、あんなにいつも泣いていた彼女が、涙を流せなくなったのです。そして、常に笑っているのです。

 

 

 

どうやら、前頭葉の感情野がやられているらしく、悲しみを以前のように感じられなくなってしまったようです。

 

その代わり、バランスを取るように小さなことでよく笑ったり、感謝の言葉を言ってくれるようになりました。

 

 

感動したときも、だいたいすぐに号泣していたのですが、無表情だったので、一緒に感動的な動画を見て号泣した私が『感動せんかったと?!』と聞いたら『感動した』と笑っていました。

 

 

 

涙が流せないというのは可哀想だなあとも思うのですが、元々流しすぎな人だったから、神様が可哀想と思って、楽しかったり喜びだったり、そういうのもたくさん感じられるようにしてくださったのかもしれません。

 

 

 

人の進化は面白いです。

 

 

 

 

ちなみに、母が病気になってすぐから、私は病院には内緒でこっそり治療をさせてもらいました。

 

母にはできなかったけど、脳梗塞の治療法で、”醒脳開竅法”という鍼灸の手技があります。

中国では、脳梗塞で病院に搬送されたら何よりも先に、この醒脳開竅法を施します。

 

というのも、中国の病院には中医師(鍼灸と漢方で治療する医師)がいるので、病院ですぐに治療ができるのです。中国では、西洋医と東洋医は同じ立ち位置ということです。

 

で、その醒脳開竅法をすると、後遺症がほとんど出ません。

なので、リハビリをする必要がないため、中国には脳梗塞の術後のリハビリ施設がないとのことでした。

 

 

 

日本にもこの醒脳開竅法を研究している鍼灸師の先生方がいらっしゃって、でもいくら国に掛け合っても全然予算が下りないから困っているとのことでした。

なので、残念だけどアメリカで研究して(アメリカは予算が出やすい)、日本に逆輸入したら、アメリカで研究されたものだったら予算を出しますよと国がお金を出してくれるらしいです。

 

 

 

まあ、命を救う方が大切ですもんね。。。

 

 

 

そもそも、日本では戦前まで鍼灸は盛んに行われていました。

しかし、敗戦後GHQが鍼灸を野蛮な行為として禁止したため、それまで日常の中にあった鍼灸は消えていってしまいました。

そうなると、今度は盲の人たちの仕事が無くなってしまい、生きて行けなくなるので、その人たちを守るために、鍼灸は国が認める”国家資格”になったのです。

 

 

いろんな流れがありますね。

 

 

それにしても、その時のアメリカ至上主義は未だに残っているわけですから、戦争は嫌だなあと思います。

 

 

 

うちの父方の祖父や叔父達は敗戦時に北朝鮮に居たので、帰国する時にかなり大変だったとの話を聞きました。

 

未来の世代にはそんな想いはしてもらいたくないから、戦争のない世の中になってほしいです。

 

 

 

 

 

写真は、人生初のすっぽんのスープです。

スッポン経験がなくスッポンに怯えていた私に、美味しいから!と石川夫妻が与えてくれました。

スープは上品な味で美味しかったけど、謎の臓物みたいなやつが怖すぎて、ちょこっとだけ食べたらやはりレバーでした、、、

 

 

 

明日、腎精が補われて元気になっているといいな。

 

 

 

 

では!

 

 

 

 

東門 沙希依

 

 

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