新型コロナウイルスに伴う感染拡大防止の対策と営業に関するお知らせ

平和の話

こんにちは!

 

 

 

 

晴天ながら黄砂の舞う福岡です。

 

先日花粉症について書かせていただきましたが、スタッフのしんちゃんも花粉症がひどいそうでやられています。

 

 

花粉症にも様々なタイプがありますが、一番は花粉を体に吸着させないこと。

そのための体づくりが大切になってきます。

 

 

 

その体づくりというのは花粉症やアレルギーにだけでなく、健康を保つのには必須となってきますから、日々気をつけて過ごしたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は自分のお稽古させてもらっている武道の行事で、月に一度熊本に行っています。

 

今月は昨日と今日でその予定だったのですが、緊急事態宣言の発出を鑑み今回は自粛となりました。

 

おかげで、今日は予約枠を全部潰してしまっていたのを忘れていて、出勤こそしていますがご予約がなく一人でゆったりと過ごしています^_^;

 

 

 

 

 

 

よく最近は『コロナがなくなって平和な世の中になってほしい』なんて声を聞くのですが、平和とはどのような状態を指すのか?

 

なんとなく分からなくなってしまって、兄弟子に相談をしました。

 

 

 

兄弟子は同じ武道の先輩でもありますが、信仰も同じなので、なにか質問をすると様々なご神書から引用して先輩なりに答えを伝えてくれます。

 

今回も難しい投げかけだったので、どんなお返事が来るかなあと思っていましたが、比較的すぐに、師匠のメール配信を例えにお返事をくださいました。

 

(莫大な量ある表題のないメール配信から、その文章を見つけてピックアップしてくるのがさすがだと思いました)

 

 

 

その内容からすると、

 

 

平和とは

人々が礼儀と節度を持って互いに接し合える状況で実現する。

人同士の和合は不可能に近いので、神さまの介在により初めて和合は可能となる。

 

 

 

ということでした。

 

 

 

 

 

これが私的にすごく納得の答えで、

例えば

全人類が衣食住に困らない

という状況が平和かといったら必ずしもそうでないと思うのです。

現に、衣食住に事足りている方々が平和なのかというと疑問です。

 

また、病気や怪我なく安全に日々過ごすことができる

というのが平和かと言ったら、これまた違うと思います。

病気や怪我がなくて安全な場所で過ごしている人たちが平和なのかと言ったらそうとも限らないからです。

 

 

全ての子供が健康で教育を受けることができる

これも、平和ではないと思っていて、実際に健康で教育を受けられる状況にあるお子さんたちがみんな幸せで、学校に行っているのかといったらそうでない人たちもいるかと思います。

 

 

 

 

幸せな価値観って、人によって様々だからですね。

 

 

人は強欲で、だからこそ人なのだろうから、いくら環境が整っても他人から見て幸せな状況でも、はじめこそ幸せを感じたとしても段々と物足りなくなり別のものを求めはじめます。

 

 

 

人の物差しで幸せははかれないから、いくら人から言われたって自分が幸せと感じなければそうではないし、逆に他人の価値観であればそれは幸せじゃなかったとしても、本人が幸せであるならそれは幸せなわけです。

なので、よくあることかもしれませんが、善意から価値観や信仰を押し付けるなんて人として恥ずかしい行動だと私は思います。

 

 

 

 

 

平和の捉え方は人によって違うかもしれないけれど、それぞれが相手に礼儀と節度をもって接することができたら、それは平和と言うよなあと納得したわけです。

 

 

 

また、人同士では、大なり小なり日々のコミュニケーション不足や価値観の違いから誤解やすれ違いが生じてしまい和合とはならないのも本当にそうで、いくら本人たちが思いやりあっている!相手のことを理解して信用している!と思っていても、だいたいの場合は小さなことでそれが崩れてしまいます。

相手が目の前にいなければ尚更心の中の違和感の火はたちまち大きくなり、疑心暗鬼に苛まれいずれは離別に至るでしょう。

 

 

そこに神の介在、つまり信仰が入ることにより相手のことを信じることができるわけですね。

 

この場合の信仰とは、特定の宗教の場合もあるかと思いますし、あるいはその人の信じる物や人でもいいと思うのです。

例えば、親御さんの教えとか。恩師の教えとかでも。

 

その軸があれば自分がとるべき態度や行動がはっきりしますから、疑心暗鬼になる必要もないですし、例えばこの人ならこの言動をするだろうか?とか、この言動は教義から外れていないだろうか?と省みることができますから相手との関係を修復しやすいかと思います。

 

普通に、文字通り神さま、という捉え方でももちろんいいかと思うのですが、それだと具体的ではないので私は上記のように理解しました。

 

 

 

 

 

なので、自分は『相手のことを心から願える状態が平和なんじゃないかなあ』と思っていたのですけど、その願える、というのが正しい願いなのかやはり分からなく具体的でないので、それは平和とは限らないわなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

みなさんは『平和』をどうお捉えになりますか?

 

 

なかなか個々で答えは違うのかもしれませんが、少なくともコロナがなくなっても世界が平和になるわけではないと思うので、今の状況から平和を実現できるようにそれぞれが立ち振る舞った方が良いのではないかなあと私は思います。

 

 

 

 

 

 

小難しくかつ面白くない話をしてしまいました。

 

 

写真はしんちゃんが寒さ対策で扉に貼ってくれたらめちゃくちゃピッタリになったすきまテープです!

 

 

 

 

では!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東門 沙希依